2024年の初夏、飯田橋の会場で開かれた小さな研修会に参加した。テーブルに並んだのはノンアルコールワイン11本。J.S.A.(一般社団法人日本ソムリエ協会)が正式に主催する「ノンアル研修」というものは、実はまだ体系化されていない。ただ、周辺の勉強会や地方支部の分科会、認定ソムリエ向けの継続研修という形で、この2〜3年で急に増えてきた。
業界に入って15年、ソムリエ資格保有者と一緒に仕事をしてきた立場から言うと、この動きは大きい。「ノンアルは飲料であってワインではない」と切り捨てていた人たちが、今は真剣にテイスティングノートを書いている。何が起きているのか、そして受講を考えている人が知っておくべきことを、現場で見てきた温度感のまま書き残しておく。
ソムリエを目指している人、既に持っている人、飲食で働いていてノンアルの提案力を上げたい人。読み終わる頃には「自分が次に何をすればいいか」が具体的に見えるはず。
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この記事の要点
- 日本ソムリエ協会(J.S.A.)は2026年時点で「ノンアルワイン専門の独立資格」を設けていない。ただしソムリエ・ワインエキスパートの継続研修や地方支部のセミナーでノンアルを扱う機会は2023年頃から急増している
- 受講できるのは基本的にJ.S.A.会員(ソムリエ・ワインエキスパート等の有資格者)で、非会員は都道府県支部の一般向けセミナーや外部団体の研修から入るのが現実的
- 研修内容は「脱アルコール製法の理解」「官能評価の言語化」「ペアリング提案」の3本柱。座学2時間+テイスティング10〜12本の構成が多い
- 費用の目安は会員向けで4,000〜8,000円、外部団体だと1回15,000〜30,000円程度。J.S.A.主催は会員価格が圧倒的に安い
- 受講後の実務メリットは「ノンアル提案時の言語化力」と「顧客への説明の説得力」。ソムリエバッジを付けてノンアルを語れる人はまだ少ない
J.S.A.は「ノンアル研修」を正式にやっているのか
結論から書く。2026年時点で、日本ソムリエ協会が「ノンアルコールワイン研修」という名前の独立プログラムを常設で開いているわけではない。公式資格の一覧を見ても、ソムリエ、ソムリエ・エクセレンス、ワインエキスパート、ワインエキスパート・エクセレンスの4本柱で、ノンアル専門資格はない。
ただ、これで話が終わらないところがおもしろい。J.S.A.は会員向けに「継続研修(CPD)」という仕組みを持っていて、そこで年に何度もセミナーが開かれる。2023年以降、この中に「ノンアルコール飲料のペアリング」「脱アルコール製法の基礎」といったテーマが定期的に組み込まれるようになった。
2024年に東京支部が開いたセミナーは、募集開始48時間で満席になった。私の知人のソムリエ(銀座のワインバー勤務)は「10年前なら想像できなかった。ノンアルの話で満席なんて」と言っていた。時代が動いてる。
セミナー扱いと資格試験の違い
ここは混乱しやすいので整理しておく。J.S.A.のノンアル関連プログラムは、あくまで「研修・セミナー」であって、修了しても新しい資格がもらえるわけではない。ソムリエやワインエキスパートの資格を維持するための単位(研修ポイント)にはなるが、履歴書に「ノンアルワインソムリエ」と書けるようなものではない。
もし「資格」が欲しいのであれば、日本ソムリエ協会ではなく、日本安全食料料理協会(JSFCA)の「ノンアルコールカクテルアドバイザー」や、独自団体の民間資格を検討することになる。この違いについてはノンアル業界で使える資格の全体像で詳しく整理したので、選び方に迷ったら見てほしい。
誰が受講できるのか。会員・非会員で異なるルート
J.S.A.主催の研修は、原則として同協会の認定資格保有者が対象になる。つまりソムリエかワインエキスパート、あるいはその上位資格(エクセレンス)を持っていること。それが最低ラインだ。
会員でない人が「ノンアル研修だけ受けたい」と門を叩いても、原則入れない。ただし例外はいくつかある。都道府県支部が地元向けに開催する「一般公開セミナー」は、非会員でも参加費を払えば受講できるケースがある。2025年に長野支部が開いたスパークリング研修は、非会員枠を3割くらい取っていた。
もう一つの入り口が、J.S.A.が後援する外部イベント。ワインエキスポや業界展示会で協会所属の講師が登壇するセミナーは、チケット制で誰でも入れる。ただしこれは「研修」というより「講演」に近い。
飲食業で働いていない一般の人はどうする?
「ソムリエ資格はないけど、ノンアルワインを深く学びたい」という人からの相談は、ここ2年で増えた。答えは分岐する。もし将来ソムリエを目指すなら、まず醸造学を学べる大学・専門学校のような進路情報も含めて、キャリア全体を組み立てる方がいい。
そうでなく、純粋に「消費者として詳しくなりたい」なら、J.S.A.の外部セミナーや、輸入商社が開くテイスティング会(フランスのピエール・ゼロ社やドイツのカール・ユング社が定期的に開催)の方が現実的で楽しい。会員資格の壁がなく、値段も3,000〜5,000円と手頃。
研修当日の空気。11本のテイスティングで何を見るのか
2024年6月に参加した東京支部のセミナーの話を書く。会場は飯田橋のホテル会議室。定員40名で、参加者は9割がソムリエバッジをつけた現役飲食業の人たち。年齢は30代後半から50代が中心、女性が4割くらい。
最初の1時間は座学。講師は輸入商社の技術顧問と、フレンチレストランのシェフソムリエ。脱アルコール製法(減圧蒸留、逆浸透、スピニングコーンカラム)の技術差、それぞれの香気成分への影響を、実測データを見せながら解説していく。「スピニングコーンカラムは低温処理だから、フローラル系の香りが残りやすい。ただしその分コストが跳ね上がる」といった、実務的な話が多かった。
後半のテイスティングは11本。赤4、白5、スパークリング2の構成。1本ずつグラスに注いで、5分で外観・香り・味わい・余韻を書き取る。ここが厳しかった。ソムリエたちは通常のワインテイスティングと同じフォーマット(J.S.A.の公式コメント方式)で書こうとして、詰まる。「果実味の余韻が短い」「フローラル系が減衰する」など、通常のワイン評価語彙では埋まらない箇所が出てくる。
私の隣の女性ソムリエ(都内リストランテ勤務、キャリア12年)は、5本目のドイツ産ノンアルリースリングをテイスティングした後、「これ、ワインの言葉で書くのが違和感ある」とつぶやいた。まさにその通りだと思った。
テイスティングコメントの再構築
後半のディスカッションでは、講師から「ノンアル用の評価語彙をどう作るか」という問いが投げられた。従来のワイン評価は「アルコールのボリューム感」「タンニンの構造」といったアルコール由来の要素が骨格になっている。ノンアルではこれが抜ける。代わりに何を軸にするか。
ここで出てきたのが、「グリセリンの重み」「果実味の輪郭」「酸のシャープさ」「余韻の乾き方」の4軸。ワイン畑の共通言語をベースに、ノンアル固有の評価語彙を積み上げていく作業。この議論は2時間続いた。結論は出ない。でも、出ないことこそが今この分野の面白さだと感じた。
費用と時間の目安。会員は圧倒的に安い
| 研修の種類 | 費用 | 時間 | 受講対象 |
|---|---|---|---|
| J.S.A.本部主催セミナー(会員) | 4,000〜8,000円 | 3〜4時間 | ソムリエ・ワインエキスパート等 |
| J.S.A.地方支部セミナー(会員) | 3,500〜6,000円 | 2〜3時間 | 会員(非会員枠あることも) |
| J.S.A.後援の外部イベント | 5,000〜12,000円 | 1〜2時間 | 誰でも可 |
| 輸入商社主催の一般テイスティング会 | 3,000〜5,000円 | 1.5〜2時間 | 誰でも可 |
| 民間団体のノンアル専門講座 | 15,000〜30,000円 | 通信1〜3ヶ月 | 誰でも可 |
単発費用の差を見ると、J.S.A.会員価格の圧倒的な安さがわかる。ただしJ.S.A.の年会費(正会員15,000円)と資格取得までの費用(受験料25,440円+教材費)を考えると、既に会員でない人が「ノンアル研修のために入会」するのは非現実的だ。
私の周りで「ノンアルのために入会した」という人はゼロ。逆に「既にソムリエ持ってて、ノンアルの需要が急に増えて、勉強せざるを得なくなった」というルートで受講している人が9割だ。
研修を受けると、現場で何が変わるのか
受講した知人ソムリエ11人に、その後の変化を聞いた。返ってきた答えを整理する。
まず「顧客への説明の言葉が増えた」という声が7人。ノンアルを注文されたときに「こちらは脱アルコール製法で、フローラル系が残っています」と一言添えられるだけで、客の反応が変わる。単に「ノンアルワインです」と出すのと、天と地の差がある。
次に「ペアリング提案の幅が広がった」が5人。ノンアルを料理に合わせる文法は、通常のワインとは違う。アルコールの脂質溶解効果が期待できない分、酸や果実味の輪郭を料理側の油脂や旨味と合わせる設計が必要になる。この話は研修で1時間くらい扱っていた。
意外だったのが「客層が変わった」という3人の証言。ノンアルを丁寧に扱う店だと口コミが広がって、妊婦や運転する人、休肝日の常連客がリピートするようになった。単価は下がるけど、来店頻度が上がる。トータルで見ると悪くない、と話していた。
受講しなかった人との差
逆に、研修を受けていないソムリエの店でノンアルを頼むと、いまだに「炭酸水にすだち搾ったやつです」みたいな雑な対応が返ってくることがある。悪気はない。単に、ノンアルを語る言葉を持っていないだけ。
これは店の格には関係ない。ミシュラン星付きのフレンチでも、ノンアルペアリングコース(1万円超)を頼んだら、出てきたのがボトルドリンクの詰め合わせだった、という話を先月聞いた。研修の有無で、ここまで差が出る。
J.S.A.以外の学習ルートも並行して使う
J.S.A.の研修だけでノンアルが極められるかというと、正直まだ足りない。理由は簡単で、日本ソムリエ協会自体がこの分野をここ2〜3年で本格的に扱い始めたばかりだから。教材や指導者の絶対数がまだ少ない。
私が知人に勧めている並行学習のルートは3つ。
ひとつめは輸入商社の商品説明会。ピエール・ゼロ社の日本代理店(アルカン)は、年に3回ほど都内で試飲会を開いている。参加費は無料か3,000円程度。実際にワインメーカーの技術者が来日して脱アルコール製法の話をしてくれる回もあって、生の情報が入る。
ふたつめは本と論文。J.S.A.は公式教材でノンアルを深く扱っていないので、海外の醸造学ジャーナル(『Journal of Wine Research』など)や、国内では『日本醸造協会誌』のバックナンバーを読むと、脱アルコール製法の技術的な話が詳しい。
みっつめは自分での飲み比べ。ここは地味だけど効く。赤・白・スパークリングの3タイプの違いを、実際に自分の舌で確認しておく。研修で覚えた語彙を、家の食卓で毎日使ってみる。この地道な反復が一番効く。
これから開かれる可能性のあるプログラム
J.S.A.関係者と何度か話す機会があって、ノンアル分野の将来像について聞いた。公式コメントではなく、あくまで個人の見立てとして書く。
ひとつ目の可能性は、既存資格の副次認定として「ノンアル対応ソムリエ」のような認証が加わること。すでにJ.S.A.は「ワインエキスパート・エクセレンス」のような上位資格を出しているので、その延長で新設される流れは自然。
ふたつ目は、他業界資格との相互認定。例えば日本ホテル・レストランサービス技能協会や、日本ソムリエ協会と競合関係にある全日本ソムリエ連盟(ANSA)が、ノンアル対応の共通カリキュラムを組む可能性。これはまだ動きが見えないが、業界横断で人材育成する必要性は既に議論されている。
みっつ目は、飲食店向けのeラーニング。J.S.A.は2020年以降オンライン研修を強化していて、地方在住のソムリエでも受講しやすい環境になっている。この延長でノンアル専門のオンライン講座が開かれるのは、時間の問題だと思う。
受講前に自分に問うべきこと
ここまで書いてきて、読んでいる人に一つ問いを残したい。「なぜノンアル研修を受けたいのか?」という問い。この答え次第で、選ぶルートも投じるべき時間もまるで変わる。
飲食店の売上に直結させたいのか。自分の店のブランド価値を上げたいのか。それとも純粋に、この新しい飲み物のジャンルが好きで、もっと深く知りたいのか。3つ目の動機で来る人が、実は一番遠くまで行ける気がしてる。仕事の一環として来た人は、店に戻ると忙しさでノンアルの話が薄れていく。でも「好きだから」という理由の人は、休みの日に自腹でテイスティング会に通い続ける。
J.S.A.の研修は入口として優秀。ただしそこがゴールではない。研修は3時間で終わるけど、ノンアルワインの世界は毎年新しい銘柄と新しい製法が生まれる、まだ地図が完成していないフィールドだ。この地図作りに、あなたも参加する側になれる。それが一番の醍醐味かもしれない。
よくある質問
Q1. J.S.A.の会員でなくてもノンアル研修を受けられますか?
本部主催のセミナーは原則として会員限定です。ただし都道府県支部が開く一般公開セミナーや、J.S.A.後援の外部イベントは非会員でも受講可能なものがあります。日本ソムリエ協会の公式サイトで支部ごとのイベント情報を確認するか、直接支部事務局に問い合わせるのが確実です。
非会員で純粋にノンアルを学びたい場合は、輸入商社主催のテイスティング会や、民間団体の資格講座から入る方が現実的です。
Q2. 研修を受けると「ノンアルソムリエ」を名乗れますか?
名乗れません。J.S.A.のノンアル研修は、あくまでソムリエ・ワインエキスパート等の資格保有者向けの継続研修で、修了しても新しい資格や称号は与えられません。CPD(継続研修)ポイントとして既存資格の維持に使えるだけです。
「ノンアルワインアドバイザー」のような肩書きが欲しい場合は、民間資格団体の講座を検討してください。
Q3. どのくらいの頻度で研修が開かれていますか?
本部主催は年に2〜4回、地方支部は年に0〜2回程度です。ノンアル単独テーマの回は限られていて、多くは「アペリティフ・ノンアル特集」など複合テーマの一部として組まれます。募集開始から数日で満席になることもあるので、J.S.A.会員ページや支部メールマガジンをこまめにチェックする必要があります。
Q4. 研修当日、事前準備は何が必要ですか?
事前配布資料に目を通しておくことと、J.S.A.公式のテイスティングコメント(マスターオブワイン方式)を復習しておくことです。研修中はこのフォーマットで書くことが前提になります。ノンアル特有の評価語彙は現場で教わりますが、ベースのワイン評価は既知の前提です。
持ち物は筆記用具、ノート、透明グラス用のクロス、水(口をすすぐ用)。会場によっては提供されますが、自分の慣れたセットを持参する人が多いです。
Q5. 研修費用は経費で落とせますか?
飲食店勤務なら業務関連費用として経費計上できるケースが多いです。J.S.A.は正式な領収書を発行してくれます。ただし個人事業主か法人か、雇用形態によって扱いが変わるので、税理士や経理担当に確認してください。
飲食店ではない一般会員(消費者としての受講)だと、経費計上は難しいです。趣味・教養としての支出になります。
Q6. ソムリエ資格を持っていない状態でノンアルワインを学ぶ最短ルートは?
3ステップです。まず市販のノンアルワインを赤・白・スパークリング各3〜4本ずつ買って自宅で飲み比べる(1ヶ月)。次に輸入商社主催の無料テイスティング会に月1回参加する(3ヶ月)。最後に民間資格団体の通信講座を1本受講する(2〜3ヶ月)。合計6ヶ月で基礎は固まります。
ソムリエ資格取得は最低1年、費用も30万円前後かかるので、目的が「ノンアルを学びたい」だけならこちらのルートの方が効率的です。


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