ノンアル飲料の品評会見学|評価員の仕事を業界15年で解剖する

白いテーブルに並んだ透明グラスとスコアシートを持つ評価員の手元 ノンアル
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2024年の11月、都内某所の会議室で朝9時から夕方6時まで、私は58種類のノンアルビールを口に含んでは吐き出すという作業を続けていました。品評会の評価員としての1日です。

「え、飲まないの?」とよく聞かれます。飲みません。全部飲んだら評価どころか正体を失います。ノンアルとはいえ、糖分と苦味と炭酸で胃が耐えられない。

品評会の評価員がどんな仕事をしているのか、外から見えないこの世界を、業界15年で複数の審査に関わってきた私が、今日は具体的な数字と現場感覚で解剖します。見学したい人向けの情報も後半でまとめます。

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この記事の要点

  • ノンアルビールの品評会評価員は、1日で40〜60種類を「香り・味・後味・総合」の4軸で採点する官能評価の専門職
  • 評価員になるには専門機関の官能訓練(例:日本官能評価学会の認定コース、期間半年〜1年)を経るのが主流
  • 一般人が見学できる品評会は限定的だが、International Beer Cup(横浜開催)は毎年8〜9月に一部公開審査の枠がある
  • Brussels Beer Challengeなど海外主要アワードは非公開が原則、日本国内ではJapan Great Beer Awardsが最も見学しやすい
  • 審査室の温度は22℃固定、白いテーブル、無臭洗剤で洗ったグラス、香水禁止という徹底管理下で評価される

評価員の1日は「無味無臭」から始まる

審査当日の朝、私はコーヒーを飲みません。歯磨き粉もミント系を避けて、無香料タイプに切り替えます。前日の夜は香辛料の強い料理を避け、当日の朝食はプレーンなおにぎりか食パンだけ。香水と柔軟剤も禁止です。

これ、ルールブックに書いてあるわけじゃないんです。評価員同士の暗黙の了解。誰かがきつい香水をつけて来た日は、隣の席の人の集中力が落ちて、その人の評価が荒れる。過去に一度、若い評価員が新しいシャンプーを試した日があって、その日の午後の評価は全体的にばらつきが大きくなりました。感覚器官って、思ってるより繊細です。

審査室は22℃固定、湿度50%前後、白いテーブル、白い壁。窓は遮光カーテンで塞がれています。色の判定に影響が出るからです。ノンアルビールの色調は薄い麦わら色から濃い琥珀まで幅がある。自然光の色温度が変わると、同じ商品でも色の見え方がずれます。世界三大NAビールアワードの評価基準をまとめた記事でも触れましたが、色調は総合点に3〜5%の重みがある評価項目です。

グラスと温度の管理が命

使うグラスは統一規格の官能評価用テイスティンググラス。ISO 3591準拠のワイングラス型か、ビール品評会ではドイツ式の官能評価用チューリップグラスが多い。1脚あたり2000円前後。洗浄は無臭の中性洗剤で、すすぎは3回。乾燥は自然乾燥で、布巾は使いません。繊維が付着するから。

提供温度は8℃±1℃。これが本当に難しい。8℃を保つために、審査室の隣に温度管理された冷蔵ワゴンを置いて、1杯ずつ提供する。開栓から評価員の手に届くまでの時間を、大手品評会では120秒以内と規定しています。

そう。ぬるくなる前に評価しなきゃいけない。だから評価員は速い。1杯あたりの持ち時間は約4〜5分。香りを嗅いで、口に含んで、吐き出して、スコアシートに書き込む。次の1杯が来る。この繰り返しを1日8時間続けます。

スコアシートに書き込む「香り・味・後味・総合」の4軸

評価シートは品評会によって形式が違いますが、共通するのは4つの評価軸です。香り(Aroma)、味(Flavor)、後味(Aftertaste)、総合(Overall)。それぞれ1〜10点の10段階か、Brussels Beer Challengeのように100点満点方式か、大会によって違います。

評価軸チェック項目ノンアル特有の注意点
香り(Aroma)麦芽香・ホップ香・エステル香・オフフレーバー有無ワート臭(未発酵麦汁の穀物臭)が出やすい
味(Flavor)苦味・甘味・酸味・ボディ感・炭酸感甘味が浮きやすい、ボディが薄くなりがち
後味(Aftertaste)キレ・余韻の長さ・不快味の有無人工甘味料の後引きが評価を下げる
総合(Overall)ビールとしての完成度・飲用意欲「ノンアルとしてよくできてる」ではなく「ビールとして」評価

ここで意外なポイント。ノンアルビール部門でも、多くの品評会では「ビールとしての完成度」で評価します。「ノンアルにしては頑張ってる」という同情票は入りません。厳しい。私が2023年に参加した審査では、58種類中「金賞相当」に届いたのは4種類だけでした。11本中1本切るかどうかの世界。

オフフレーバーの検出訓練

評価員が最も訓練するのがオフフレーバーの検出です。オフフレーバーとは、本来ないはずの好ましくない香味成分。ジアセチル(バター臭)、DMS(茹でたトウモロコシ臭)、アセトアルデヒド(青リンゴの過熟臭)、酢酸(酸っぱい)、ライトストラック(日光臭)など、約20種類の代表的なオフフレーバーがあります。

これを識別するために、評価員養成コースでは「オフフレーバーキット」を使って、閾値近くの濃度で嗅ぎ分ける訓練を何十回もやります。1回のセットで数万円。私が初めて訓練を受けたとき、ジアセチルとホップの香りの区別がつかなくて、3ヶ月くらい鬱っぽくなりました。「私、鼻が悪いのかも」と真剣に思った。

訓練を重ねると、閾値0.1ppm程度のジアセチルが検出できるようになる。これはビール1リットル中に0.0001g、つまり微量です。人間の鼻ってすごい。訓練すれば化学分析装置に近い精度で識別できるようになります。ただし体調が悪い日はダメ。花粉症の季節は評価員として使い物にならない人が出てきます。

品評会の裏側|1日のタイムテーブル

具体的な1日を書きます。2024年11月、都内某所で開催されたノンアル部門の審査日。参加評価員は12名、審査対象58種類、審査時間8時間、休憩含む。

  • 8:30 集合、評価員ミーティング、当日の審査ルール確認
  • 9:00 第1フライト開始(10種類、90分)
  • 10:30 15分休憩、水と無塩クラッカーで口内リセット
  • 10:45 第2フライト(10種類、90分)
  • 12:15 昼休憩60分、外に出て風景を見る(重要)
  • 13:15 第3フライト(10種類、90分)
  • 14:45 15分休憩
  • 15:00 第4フライト(10種類、90分)
  • 16:30 15分休憩
  • 16:45 第5フライト(8種類、80分)
  • 18:05 集計会議、金銀銅のカットオフ決定

これがきつい。特に第3フライトから第4フライトの間、味覚が疲労してくる。ノンアルビールは糖分が10種類近く続くと甘味を感じにくくなる「味覚順応」が起きる。だから15分休憩が必須。この休憩で、水と無塩クラッカーとリンゴのスライスを口にして、味覚をリセットします。

集計会議は独特の緊張感があります。12名の評価員のスコアを集めて、平均と標準偏差を出す。標準偏差が大きい商品は「評価が割れた」ということ。ここで議論になる。「あの商品、私は7点だけど、○○さんは4点でしたね、どこが気になりましたか」といった具合。個人の感覚を言語化する場です。

ブラインドテイスティングの徹底

もちろん審査はブラインド。ラベルは全て隠され、3桁のランダム番号が振られる。評価員は自分が何を飲んでいるか一切知りません。集計後、番号と商品名の対応表が開示される瞬間が一番面白い。「え、これがドライゼロだったの」「これはたしかにグリーンズフリーの味だ」など、答え合わせの場になる。

ちなみに私は、アサヒとキリンの主力ノンアルは9割方言い当てられるようになりました。15年やってるから当然といえば当然。アサヒビール茨城工場でドライゼロの製造工程を見学した経験があると、原料構成が頭に入るので、香りの特徴を予測しやすくなります。

評価員になるまでの道のり

「どうやったら評価員になれるの?」とよく聞かれます。ルートは主に3つあります。

1つ目は、日本官能評価学会の認定官能評価士コース。半年〜1年の座学と実技訓練を経て試験を受ける。合格率は初回で40%前後、再受験を含めた最終合格率は60%程度。年間費用は10万円前後。私はこのルートで、2010年に取得しました。

2つ目は、Beer Judge Certification Program(BJCP)というアメリカ発の資格。ビール専門で、世界的に認知されている。日本語の受験対策本もあり、日本人受験者も増えている。エントリーレベル(Recognized)から始めて、Certified、National、Master、Grand Masterと段階がある。私は2015年にCertifiedを取得しました。ノンアル部門はまだ独立していないので、通常のビール部門で評価訓練を受けます。

3つ目は、メーカー内部の官能評価要員として社内訓練を受けるルート。アサヒ、キリン、サントリー、サッポロなど大手はいずれも社内官能評価員養成プログラムを持っている。ただしこれは社員限定で、外部からは入れません。

評価員の報酬はいくらか

ここ、意外と質問されます。国内の品評会だと、1日の審査で交通費込みで2万〜5万円程度が相場。海外の主要アワード(World Beer AwardsやBrussels Beer Challenge)の招聘評価員になると、渡航費・宿泊費支給+1日5〜8万円くらいの謝礼が出ます。悪くない、が、生活できる金額ではない。ほぼボランティア精神です。

じゃあ何のためにやるのか。業界貢献です、正直に言うと。「良いノンアルが正しく評価される場を守りたい」という気持ち。私が20代の頃に受けた評価員訓練の講師の方が「この仕事は業界の質を底上げする仕事だ」と言っていて、その言葉がずっと残ってます。

一般人が見学できる品評会はどこか

答えを先に書きます。審査そのものの見学はほぼ不可能ですが、以下のイベントは表彰式・試飲会が公開されます。

大会名開催時期見学できる部分参加方法
International Beer Cup(横浜)毎年8〜9月表彰式・受賞銘柄試飲会事前申込制、参加費3000〜5000円
Japan Great Beer Awards毎年5〜6月表彰式・受賞展示業界関係者中心、一般枠は先着50名程度
FOODEX JAPAN併設審査会毎年3月試飲コーナー(受賞後)FOODEX入場登録(BtoB、業界関係者のみ)
Mindful Drinking Fest毎年秋試飲会形式(審査要素あり)一般参加可、チケット2500円前後

おすすめは、International Beer Cupの受賞銘柄試飲会。過去5年連続で参加していますが、金賞・銀賞受賞のノンアルを一度に飲み比べられる希少な機会です。2024年は横浜赤レンガ倉庫で開催され、来場者は3日間で約1万2000人でした。2026年の試飲会・展示会スケジュールをまとめた記事も参考にしてください。

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申し込みのコツと注意点

申し込みは大会公式サイトから。International Beer Cupは開催2ヶ月前の6月頭からエントリー開始で、ノンアル部門の試飲枠は毎年3日で埋まります。私の周りでも「気づいたら満席だった」という声が多い。早めに公式Xとメルマガを追いかけてください。

参加するときの服装は、香水と柔軟剤に注意。会場によっては「無香料でお越しください」と明記されている場合もあります。周囲の来場者に配慮するマナーです。ノンアル試飲会でのマナーは別記事で詳しくまとめているので、初参加の方は目を通しておくと恥をかかずに済みます。

海外の主要ノンアル品評会と見学の可否

海外の主要アワードは、World Beer Awards(イギリス)、Brussels Beer Challenge(ベルギー)、International Beer Challenge(イギリス)の3つが最も権威があります。いずれも審査は完全非公開。ただしBrussels Beer Challengeは、審査翌日に開催都市で受賞式典があり、有料チケットで一般参加できます。2024年はブリュージュ開催で、参加費は120ユーロ(約2万円)でした。

アメリカのUS Open Beer Championshipsもノンアル部門を近年拡充しています。オハイオ州オックスフォード開催で、5月末。受賞式典は一般参加可能で、参加費80ドル前後。渡航ハードルは高いけれど、ノンアル業界の未来を見たいなら価値があります。

個人的におすすめしたいのは、ドイツのDLG(ドイツ農産物協会)品評会。ここは伝統的な官能評価の総本山で、審査プロセスの一部が業界関係者向けに公開されている。ドイツ語ができれば申請可能。私は2019年に見学に行きましたが、審査室の空気の張り詰め方が別次元でした。評価員が本当に「無」の顔で1杯1杯評価していく姿は忘れられません。

評価員として気をつけていること|15年やって見えたこと

正直な話をします。15年やって、いまだに難しいと思うことが3つあります。

1つ目、体調管理。前日の睡眠が5時間を切ると、評価精度が体感で20%くらい落ちます。だから審査前日は必ず7時間以上寝る。飲み会は3日前から避ける。風邪気味の日は正直に主催者に伝えて外してもらう。プロ意識というより、他の評価員に迷惑をかけないため。

2つ目、先入観の排除。ブラインドとはいえ、色や炭酸の感じで「これはあのメーカーかも」と予想が浮かぶ瞬間がある。この予想が入ると評価が歪む。「予想が当たってほしい」バイアスが働くからです。予想を排除する訓練は、たぶん一生続きます。

3つ目、自分の好みと客観評価の分離。私はホップが効いたIPA系のノンアルが個人的に好きだけど、審査では「バランスの取れたラガー系」の方が高得点を出さなきゃいけない場面もある。個人の好みで7点、客観評価で9点、みたいなことが起きる。この乖離を毎回自覚するのは、けっこう疲れます。

品評会の未来|ノンアル部門は独立するか

ここは私の予測込みで書きます。国内外の主要品評会で、ノンアル部門が独立カテゴリーとして拡充される流れが確実に強まっています。2020年時点では「ローアルコール&ノンアルコール」という括りだったのが、2024年時点では「アルコールフリー(0.05%以下)」「ローアルコール(0.5〜3.5%)」「微アルコール(0.5%以下)」の3細分化が主流になりつつある。

これは市場が成熟してきた証拠だと感じてます。5年前は「ノンアル部門があるだけでも珍しい」だったのが、今は「細分化しないと商品の多様性を評価しきれない」段階まで来た。大学・研究機関の最新研究動向を追うと、香気成分の分析技術も進化していて、官能評価と機器分析を組み合わせた評価手法も試験導入が始まっています。

ただし、機器分析が官能評価を完全に置き換えることはないと私は思ってます。人間の「美味しい」という感覚は、化学成分の総和だけでは測れない。文脈、記憶、期待、体調、全部が絡む。そこを評価できるのは、訓練された人間の感覚器官だけ。この仕事は当分なくならないと感じてます。

読者に問いかけたいこと

ここまで読んで「品評会って権威主義っぽくない?」と感じた方もいるかもしれません。実は私も、ときどき同じことを思います。金賞を取った銘柄が絶対に美味しいかというと、そうとも限らない。あなたが好きな1本は、金賞と無関係な場所にあるかもしれない。

品評会の評価は、あくまで「訓練された評価員の平均値」でしかない。個人の好みはそこから外れて全然いい。むしろ、自分だけの評価軸を持つことが、ノンアルを楽しむ本質だと思ってます。品評会の受賞リストは参考にしつつ、最終的には自分の舌で選ぶ。そのバランスをどう取るかは、人によって答えが分かれるところ。あなたはどう思いますか。

よくある質問

Q1. 評価員に年齢制限はありますか?

下限は20歳以上(酒類扱いの品評会に準ずる)、上限は特にありません。ただし味覚・嗅覚は加齢で低下するため、60代後半以降の現役評価員は少数派。日本官能評価学会の統計だと、現役評価員の年齢中央値は42歳です。私の周りにも70代で現役の方がいますが、日々の訓練を欠かさない方だけ。

Q2. ノンアル部門だけを評価する専門評価員はいますか?

2024年時点では、専門評価員という肩書きは公式にはありません。通常のビール評価員が兼任するのが主流。ただし、World Beer Awardsなどでは「NoLo(No/Low alcohol)経験者優遇」という枠が出てきていて、専門化の流れは進んでいます。私自身、ここ3年はノンアル部門の依頼が全体の6割を占めるようになりました。

Q3. 品評会で受賞した銘柄はどう選べばいいですか?

金賞・銀賞・銅賞の順で品質は高いですが、あなたの好みと一致するとは限りません。大会ごとの評価軸を確認するのがコツ。例えばWorld Beer Awardsは「スタイル忠実度」重視、Brussels Beer Challengeは「総合的な飲用体験」重視です。自分が「スタイル通り」と「飲みやすさ」のどちらを求めるかで、参考にすべき大会が変わります。

Q4. 評価員になるための独学は可能ですか?

独学だけで評価員資格を取るのは難しいですが、官能訓練の基礎は独学でも積めます。BJCPの公式スタディガイド(英語)は無料でダウンロードできますし、日本語ではキリンやサッポロが公開している官能評価解説記事が参考になる。オフフレーバーキットも個人購入可能(1セット3万円前後)。ただし、他人と一緒に訓練しないと自分の感覚の偏りに気づけないので、最終的にはスクールや勉強会への参加が必要です。

Q5. 品評会の結果を疑いたくなることはありますか?

正直、あります。特に集計会議で自分のスコアと全体平均が大きく乖離したとき、「私が間違っているのか、集団が間違っているのか」と考える。答えが出ないことも多い。だから品評会の結果は「絶対的な真実」ではなく「訓練された集団の平均的な見解」だと理解しておくのが健全です。100%信じるでも、100%否定するでもなく、参考情報として活用するのが賢い付き合い方だと感じてます。

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