麦芽製造所見学|モルトハウスの仕事を業界15年で解剖する

モルトハウスの発芽床に広がる大麦と製麦職人の作業風景 ノンアル
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2024年の秋、栃木県の小さな製麦所を訪ねたとき、扉を開けた瞬間の湿った麦の匂いが忘れられません。生の大麦と、水を吸って発芽しかけた麦の、あの独特な青くて甘い香り。ビール工場の見学は何十回と行ってきたけど、麦芽そのものを作る現場に立ったのはそのときが初めてでした。

正直、それまで麦芽は「メーカーが仕入れる原料の一つ」くらいに考えていた自分がいます。でも、モルトハウス(製麦所)の現場を見ると、ノンアルビールの香りや色の8割はここで決まっているんだなと痛感しました。ビール工場より地味で、観光施設化もしていない。でもだからこそ面白い。

この記事では、業界15年で通ってきた麦芽製造所見学の中身を、予約の取り方から見学のポイント、ノンアルとの関わりまで、なるべく現場の温度で書いていきます。

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    1. ノンアルコール飲料のおすすめ
  1. この記事の要点
  2. モルトハウス(麦芽製造所)とは何をする場所なのか
    1. 製麦業者とビールメーカーの関係
  3. 製麦の3工程を現場で追う
    1. 工程1:浸麦(しんばく)— 大麦を眠りから起こす
    2. 工程2:発芽 — フロアモルティングと機械式の違い
    3. 工程3:焙燥(ばいそう)— 色と香りを決める最終工程
  4. 日本国内で見学できる麦芽製造所
    1. クラフト製麦所という選択肢
    2. ウイスキー蒸留所併設のモルティング設備
  5. 海外の麦芽製造所見学 — フロアモルティングの本場へ
    1. Warminster Maltings(イギリス)
    2. Castle Malting(ベルギー)
    3. Bamberg周辺の伝統モルトハウス(ドイツ)
  6. 見学予約のコツと当日の見どころ
    1. 予約は2〜3ヶ月前、目的を明確にする
    2. 見学に適した時期と服装
    3. 見学当日、これは絶対聞け
  7. ノンアルコールビールと麦芽選定の関係
    1. 主要4社のノンアルと麦芽設計の推測
    2. クラフトNAと国産麦芽の可能性
  8. 大麦品種の話 — 二条大麦と六条大麦
  9. 副原料としてのモルトエキスと液糖
  10. 製麦の未来 — 環境負荷とサステナビリティ
  11. 見学の余白 — 自分で考えたい問い
  12. よくある質問
    1. Q1. モルトハウスの見学は誰でも申し込めますか?
    2. Q2. 海外のフロアモルティング見学、費用はどれくらいかかりますか?
    3. Q3. 見学中に麦芽を持ち帰ったり、試食したりできますか?
    4. Q4. ノンアルビール専用の麦芽というのは存在しますか?
    5. Q5. 製麦所と麦茶工場は何が違うのですか?
    6. Q6. モルトハウス見学と組み合わせると面白い場所はありますか?
  13. あわせて読みたい

この記事の要点

  • 麦芽製造所(モルトハウス)は大麦を麦芽(モルト)に変える専門工場で、製麦は「浸麦」「発芽」「焙燥」の3工程で構成される
  • 日本国内で見学可能な製麦所は非常に少なく、アサヒビール(旧・日本麦芽工業)系や地方のクラフト製麦所など数施設に限られる(2024年時点で一般見学を受け入れているのは全国で片手で数えるほど)
  • 海外ではドイツ・イギリス・ベルギーに歴史あるフロアモルティング施設が残っており、Warminster Maltings(英)やCastle Malting(ベルギー)は事前予約で見学可能
  • ノンアルコールビールの色・香ばしさ・甘みは焙燥工程の温度と時間でほぼ決まり、モルトハウスの選定がメーカーの味づくりの上流工程になる
  • 見学は2〜3ヶ月前の予約が原則、収穫直後の秋(10〜11月)と製麦繁忙期の冬(1〜2月)が最も現場らしい表情を見られる

モルトハウス(麦芽製造所)とは何をする場所なのか

モルトハウスとは、収穫した大麦を「麦芽(モルト)」に変換する専門工場のことです。ビール工場が「麦芽から液体を作る」場所だとすれば、モルトハウスは「大麦から麦芽を作る」その一段階上流の現場になります。

私も最初は混同していたんですが、日本のビールメーカーの多くは自社で製麦していません。国内外の専門の製麦業者から麦芽を仕入れているケースがほとんどです。アサヒも、キリンも、サントリーもサッポロも、麦芽の大半はオーストラリア・カナダ・ヨーロッパの製麦所から輸入している。ノンアルコールビールの製造工程を工場側から追った過去の記事でも触れましたが、工場に届く段階では麦芽はすでに完成品の状態で入ってきます。

だから、モルトハウス見学は「ビール工場見学の前段階」を見にいく行為とも言えます。原料の粒を口に含んで、噛んで、色を見て、匂いを嗅ぐ。ここでの選択がノンアルの色合いや味の骨格を作っている。そう理解してから工場見学に戻ると、見え方が変わります。

製麦業者とビールメーカーの関係

製麦業者(マルスター、Maltster)は世界的にみると大手が寡占しています。フランスのMalteurop、デンマークのViking Malt、ベルギーのBoortmalt、この3社で世界シェアの4割超を占める(2023年時点、業界レポート調べ)。日本の大手ビールメーカーはこの世界大手と数十年単位の取引関係を持っていて、麦芽のスペック(色度EBC、酵素力、タンパク質含量など)を細かく指定して発注しています。

一方で、日本国内には小規模なクラフト製麦所も少しずつ増えてきました。栃木・北海道・長野などで、国産大麦を使った地域密着型の製麦を手がける会社が2020年頃から立ち上がっています。まだ数えるほどですが、クラフトNAブルワリーとの相性がよく、今後の動きが気になっています。

製麦の3工程を現場で追う

製麦は大きく分けて3つの工程で構成されます。浸麦(しんばく)、発芽、焙燥。この順番で大麦が麦芽になる。見学に行くと、この3ステージがそれぞれ独立した部屋や設備で行われているのが分かります。

工程1:浸麦(しんばく)— 大麦を眠りから起こす

浸麦は、収穫後に乾燥保存されていた大麦を水に浸けて水分を吸わせる工程です。乾いた大麦の水分は12〜13%くらい。これを45%前後まで一気に引き上げます。時間にして40〜50時間、水に浸けたり空気にさらしたりを繰り返す。

この工程を見学した栃木の製麦所で、担当の方に「大麦を眠りから起こしてる感じですね」と言われたのが印象に残っています。まさにそれ。乾燥した種子は仮死状態で、水を与えることで発芽の準備を始める。生き物としての大麦を目の当たりにするのがこの工程です。

浸麦タンクを覗くと、下から空気を吹き込んでいるのが見えました。これは大麦が呼吸するための酸素を送っているんですね。ここで酸素が足りないと発芽率が落ちる。地味だけど、麦芽の品質を決める最初の分岐点です。

工程2:発芽 — フロアモルティングと機械式の違い

発芽工程は、水を吸った大麦を4〜6日間、温度と湿度を管理しながら発芽させる工程です。ここで大麦の中の酵素が活性化し、デンプンやタンパク質を分解する準備が整う。ビールの糖化がスムーズにいくかどうかは、この工程で酵素をどれだけ育てられるかにかかっている。

発芽の方式には大きく2種類あって、伝統的なフロアモルティングと、現代の機械式(ニューマチックモルティング)に分かれます。フロアモルティングは石造りの床に麦を薄く広げ、職人が木製の熊手のような道具で日に何度もひっくり返す。イギリスのWarminster Maltingsに行ったとき、まさにこの光景を見ました。1855年から続く現役のフロアモルティング施設で、床一面に広がった発芽中の麦の香りが、なんというか、生きてる。パンでもない、草でもない、独特の甘い青さがある。

そう。この匂いが、忘れられない。

一方、現代の大型製麦所は円筒形の発芽タンク(サラディンボックスやジャーマンボックス)で自動的に麦を撹拌します。効率は圧倒的に上で、1バッチで200トン級を処理する施設もあります。日本のメーカーが使う麦芽の大半はこちらの機械式です。効率は上がったけど、フロアモルティング特有の複雑な香気成分は少し丸くなる、という職人談も聞きます。

工程3:焙燥(ばいそう)— 色と香りを決める最終工程

焙燥は、発芽した麦(グリーンモルト)を熱風で乾燥させ、発芽を止めて麦芽に仕上げる工程です。温度は60〜85℃くらいから始まり、最後の1〜2時間で一気に温度を上げて色と香ばしさをつけていく。この温度と時間の組み合わせで、ピルスナーモルト(淡色)からミュンヘンモルト(琥珀)、チョコレートモルト(黒褐色)、ローストモルト(黒)まで、麦芽の色と味が決まります。

ノンアルコールビールの色や香ばしさは、まさにこの焙燥の設計で決まっています。モルトの焙煎度と色合いの関係をまとめた記事で詳しく書きましたが、ノンアルの黄金色は淡色麦芽、アンバー系のノンアルは中程度の焙煎麦芽をブレンドしている。この差はビール工場ではもう決まっていて、上流のモルトハウスで作られている。

焙燥室に入れると、香ばしいトーストのような、ちょっとカラメルっぽい匂いが広がります。焙燥中の麦芽を口に含ませてもらったことがあるんですが、これがそのままモルトエキスの味。噛むと甘くて、ほろ苦くて、麦茶を10倍濃くしたような濃度感がありました。ノンアルビールの麦の香りの正体、ここにあるんだなと。

日本国内で見学できる麦芽製造所

正直に書きますが、日本国内で一般見学を受け入れているモルトハウスは非常に少ないです。ビール工場と違って観光化されていないし、そもそもBtoBの生産設備なので個人客を想定していない。私が2020年以降に見学できた国内施設を整理すると、こんな感じです。

施設タイプ所在地の傾向見学可否特徴
大手ビールメーカー系製麦所関東・関西の湾岸部原則不可(取引先のみ)大型・自動化、輸入原麦中心
クラフト製麦所栃木・長野・北海道など要相談(月1回程度受入も)国産大麦、小ロット、地域密着
ウイスキー蒸留所併設北海道・山梨・宮城本体見学の一部としてフロアモルティング残る施設あり
大学・研究機関岩手・北海道研究者向け、一般不可試験製麦、品種開発用

クラフト製麦所という選択肢

ここ数年、注目しているのは地方のクラフト製麦所です。栃木県、長野県、北海道十勝地方などで、国産大麦を使った小規模製麦の会社が立ち上がっています。1バッチ数百キロ〜数トン規模で、地元のクラフトビール醸造所やウイスキー蒸留所に麦芽を供給する形。

こういうところは、電話やメールで問い合わせると、意外と快く見学を受け入れてくれます。「業界の勉強で見せてほしい」と正直に伝えると、担当者が1時間くらい丁寧に案内してくれることが多い。私が伺った栃木の製麦所は、社長さん自らが浸麦タンクから焙燥キルンまで全部見せてくれて、2時間近く滞在させてもらいました。

ただ、こういう小規模製麦所は生産スケジュールが立て込んでいる時期は見学を断ることもあります。秋の収穫後から冬にかけてが繁忙期。逆に春〜初夏は比較的落ち着いていて、じっくり話を聞けます。

ウイスキー蒸留所併設のモルティング設備

もう一つの見学ルートが、ウイスキー蒸留所に併設された小規模モルティング設備です。北海道のニッカ余市蒸溜所には、かつて使われていたフロアモルティング用のキルン塔(乾燥塔)が現存しています。実際の製麦は行っていませんが、建物と設備は見学ルートに含まれていて、日本で歴史的なモルトハウスの姿を見られる貴重な場所です。

ビール見学の延長で行けるところとして、クラフトNAブルワリー見学のまとめ記事と合わせて回ると、原料から製品までを1本のツアーで追えます。私は2024年の春、栃木の製麦所→那須のブルワリー→都内の試飲会、というルートで2泊3日組んだんですが、これが最高でした。麦芽の粒を噛んだ数時間後にその麦芽で作ったビールを飲む、この時間差の体験は他ではできません。

海外の麦芽製造所見学 — フロアモルティングの本場へ

本格的にモルトハウスの世界に触れるなら、海外に行く価値は本当にあります。特に伝統的なフロアモルティングは、ヨーロッパでもすでに希少になっていて、あと10〜20年で消えてしまう可能性がある。

Warminster Maltings(イギリス)

1855年から続く英国最古の現役フロアモルティング。ロンドンから電車で1時間半のウォーミンスターという小さな町にあります。事前予約制で、平日の午前中に見学ツアーを催行。所要2時間、参加費は15ポンド前後(2023年時点)。

ここのフロアモルティングは本当に写真では伝わらない迫力があります。石造りの広い床一面に、発芽中の麦が10cm程度の厚さで敷き詰められている。それを職人が長い柄の熊手(プラウ、と呼んでいた)で、日に何度もかき混ぜる。作業する人の靴音、麦をかき混ぜる音、そして甘酸っぱい発芽の香り。全部が一体になって、五感で麦芽づくりを体験できます。

Castle Malting(ベルギー)

ベルギー南部のブュヴィルにある大型製麦所。1868年創業で、現代の機械式製麦とヒストリックな設備の両方を持っている珍しい施設。ここは日本のクラフトビール醸造所への輸出も多く、業界視察でも人気の見学先です。予約は3ヶ月前が原則、英語対応可、団体見学のほうが受け入れやすい印象。

Bamberg周辺の伝統モルトハウス(ドイツ)

ドイツ・バンベルクは煙で燻したラオホビール(ラオホモルト)の本場で、ここには小規模ながら現役のフロアモルティングを行うモルトハウスが数軒残っています。Weyermann社は世界の醸造家に麦芽を供給する大手で、ここは日本語対応もあり、見学の敷居が最も低い。バンベルクを訪れるなら1日はモルトハウス見学と決めて時間を取る価値があります。

見学予約のコツと当日の見どころ

モルトハウスは観光施設ではなく生産現場です。ここが最大のポイントで、ビール工場見学の感覚で行くと戸惑います。事前準備が大事。

予約は2〜3ヶ月前、目的を明確にする

問い合わせのメールや電話では、なぜ見学したいのかを具体的に書くと通りやすいです。「ビールが好きで原料に興味がある」より「ノンアルビールの色と香りが麦芽でどう決まるか現場で学びたい」のほうが、担当者としても案内のポイントを絞れる。目的が明確な訪問者のほうが、現場も歓迎してくれます。

私の場合、事前に「浸麦のタイミングと焙燥の温度設定を見せてほしい」と具体的なリクエストを送ったら、その日の作業スケジュールに合わせて見学時間を組んでくれました。これが観光施設ではないモルトハウスならではの対応です。

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見学に適した時期と服装

ベストシーズンは秋(10〜11月)と冬(1〜2月)。大麦の収穫直後で新麦の製麦が始まる時期です。夏場は稼働を落としている製麦所も多く、動いている設備を見られないケースがあります。

服装は動きやすいパンツと、汚れてもいい靴が必須。浸麦タンクの周りは床が濡れているし、発芽床は湿気で温度が高く、焙燥室は逆に乾燥して熱い。屋内でも温度差が10℃以上あるので、脱ぎ着しやすい服装で。私はいつも綿のシャツにジーンズ、スニーカー、というスタイルで行きます。

見学当日、これは絶対聞け

現場で質問しないと勿体ない。私が毎回聞くのは、こういう内容です。

  • 使っている大麦の品種と産地(オーストラリア産か国産か、二条か六条か)
  • 浸麦の時間と目標水分含量
  • 発芽日数と発芽床の温度管理
  • 焙燥の温度カーブ(何度で何時間、最終ピーク温度)
  • 年間の製麦量と主な取引先
  • ノンアル用の麦芽を作る場合の設計の違い

特に最後の「ノンアル用の麦芽を作る場合の設計」は、聞いてみると面白い答えが返ってきます。実は、ノンアル向けに特別に設計された麦芽というのは今のところ少なく、基本的にはビール用の麦芽と共通のものが使われている。ただ、脱アルコール製法だと熱で香気成分が飛ぶので、逆算して香りの強い麦芽(ミュンヘンモルトやカラメルモルト)を多めに配合する、という話は複数の現場で聞きました。

ノンアルコールビールと麦芽選定の関係

モルトハウスを見た後にノンアルビールを飲むと、これまで見えていなかったものが見えます。特にノンアルは、アルコールという「味の骨格」がないぶん、麦芽の質感がそのまま製品の印象になる。

麦芽使用と麦芽不使用の違いをまとめた記事でも書きましたが、麦芽の有無だけでノンアルの味は激変します。加えて、麦芽をどんな焙燥度で作るか、どの品種の大麦を使うか、これも大きい。

主要4社のノンアルと麦芽設計の推測

各社の公式資料と実飲の印象から、麦芽設計を私なりに推測するとこうなります(メーカー公表ではなく、あくまで私の現場感覚での分析です)。

製品推測される麦芽構成味の特徴
アサヒ ドライゼロ淡色ピルスナーモルト主体、麦芽不使用(原麦汁からのみ香気付け)クリア、キレ重視、麦芽感は控えめ
キリン グリーンズフリー淡色麦芽+薄いクリスタルモルトややふくよか、ホップ寄り
サントリー オールフリーピルスナーモルト+少量のミュンヘンモルト麦芽感中程度、飲みやすさ重視
サッポロ プレミアムアルコールフリーピルスナー+ミュンヘン+カラメル系ブレンド色濃く、麦芽の甘みが立つ

これはあくまで私の推測で、実際の配合はメーカーの企業秘密です。ただ、色度と味わいの傾向から見ると、こういう設計になっているだろうな、と現場を見てきた勘で書いています。

クラフトNAと国産麦芽の可能性

気になっているのは、国産大麦を使ったクラフト製麦所の麦芽が、クラフトNA(ノンアル)に使われる動きです。まだ量産化には至っていませんが、栃木や長野の小規模製麦所と地元クラフトブルワリーが組んで、国産麦芽100%のノンアルを試作している例は複数あります。

2024年に試飲会で出会った国産麦芽のノンアルは、輸入麦芽ベースの大手ノンアルとは違う、青草っぽい若い麦の香りがありました。悪くない、というより、これは新しい方向性だと感じます。まだ商品化には距離があるけど、5年後には店頭で見かけるかもしれない。

大麦品種の話 — 二条大麦と六条大麦

モルトハウス見学でよく聞く用語が「二条大麦」と「六条大麦」。これは大麦の穂の形の違いで、二条は粒が大きく揃っていてビール用、六条は粒が小さく麦茶や飼料用、というのが一般的な棲み分けです。

ビール用の麦芽はほぼすべて二条大麦から作られています。品種名で言うと、日本では「はるな二条」「サチホゴールデン」「みょうぎ二条」など。オーストラリア産だと「Compass」「Commander」「Planet」あたりが有名で、ビールメーカーはこれらの品種を用途別に使い分けています。

製麦所で品種の話を聞くと、麦芽づくりが農業と直結していることを実感します。天候不順で大麦の収穫が減ると、麦芽の値段も上がるし、ビールの原価にも響く。2022年から2023年にかけて、豪州の干ばつで大麦価格が高騰したとき、日本のビールメーカーの原料調達担当は本当に大変だったそうです。麦芽1トンの価格が数年で1.5倍になった、なんて話も。

副原料としてのモルトエキスと液糖

もう一つ、モルトハウス見学と関連して知っておきたいのが、モルトエキスや液糖の話です。ノンアルビールの原料表示を見ると「麦芽エキス」「大麦」「糖類(果糖ぶどう糖液糖)」などが並んでいることがある。

副原料コーンや米の味への影響をまとめた記事とも関わりますが、麦芽由来のエキスや副原料の使い分けは、モルトハウスと直接関係のあるビジネス。麦芽エキスは、麦芽を糖化して液体状に濃縮したもので、これも製麦所の関連工場で作られていることが多いです。

「麦芽そのもの」と「麦芽エキス」の違いを実感したのは、栃木の製麦所で試飲させてもらった麦汁でした。ピルスナーモルトから作った麦汁は透明感のある薄いゴールド、甘くて上品。ミュンヘンモルトの麦汁は色が濃くて、麦茶を焦がしたような香ばしさがある。この麦汁を煮詰めるとモルトエキスになり、それがノンアルの原料の一部として使われている。

製麦の未来 — 環境負荷とサステナビリティ

モルトハウス見学で必ず話題になるのが、エネルギー消費です。焙燥工程は大量の熱を使うので、製麦所のエネルギーコストは製造原価の中でも大きい。ここ数年、天然ガスや電力の値上がりで、製麦所の経営環境は厳しくなっています。

環境負荷を減らす動きも進んでいて、太陽熱を使った焙燥、廃熱回収、バイオガス化などの取り組みが始まっています。ヨーロッパの大手製麦所ではCO2排出量の20〜30%削減を掲げている会社もあり、日本のメーカーもこの流れを追いかけている状況です。

もう一つ気になるのは、大麦の副産物である「麦芽粕(モルトカス)」の活用です。製麦工程で発生する粕は、これまで飼料に回されることが多かったんですが、食品化する動きが出てきています。パンやクッキー、シリアルバーの原料として利用する試みが2020年代に入って加速していて、フードロス対策としても注目されている領域です。

見学の余白 — 自分で考えたい問い

モルトハウス見学に行くと、ビール業界の上流から下流までを1本の糸でつなげて考えるようになります。大麦の農家、製麦所、ビール工場、卸、小売、飲む人。この長い流通の中で、麦芽は誰の手を経て、どう価値が付加されていくのか。

ここで一つ、答えのない問いを残しておきたい。日本のノンアルビールが、いつか国産麦芽100%で作られる日は来るのか。来るとしたらそれは大手なのか、クラフトなのか。あるいは、そもそも「国産麦芽である」ことに価値を感じる消費者がどれだけいるのか。

私はまだ結論を持っていません。国産麦芽のノンアルを試飲したとき、確かに違いは感じたけど、それが商業的に成立するかは別問題。ここは、読んでくださっているあなたが「自分ならどう選ぶか」を考えてみてほしいところです。原料の話は、飲む人の価値観と直結する話でもあるから。

よくある質問

Q1. モルトハウスの見学は誰でも申し込めますか?

大手ビールメーカー系の製麦所は、取引先や研修目的以外の一般見学はほぼ受け入れていません。一方、地方のクラフト製麦所は、事前予約で相談すれば個人でも見学できるケースがあります。目的を明確に伝えることが受け入れられるコツで、「業界の勉強で」「原料の知識を深めたい」など具体的な理由を書くと通りやすくなります。

Q2. 海外のフロアモルティング見学、費用はどれくらいかかりますか?

Warminster Maltings(英)で15ポンド前後、Castle Malting(ベルギー)で30〜50ユーロが目安です。ただし現地までの交通費・宿泊費を含めると、日本からだと10〜20万円のツアーになります。私は2023年にロンドン経由でウォーミンスターを訪れたとき、他の醸造所見学と組み合わせて1週間で25万円ほどかかりました。単発では割高なので、周辺のブルワリーやパブ巡りと組み合わせるのがおすすめです。

Q3. 見学中に麦芽を持ち帰ったり、試食したりできますか?

多くのモルトハウスでは、見学の最後に色々な焙燥度の麦芽サンプルを見せてくれます。試食は担当者の判断次第ですが、私が伺った国内・海外の施設では、ほぼ全てで少量ずつ噛ませてもらえました。持ち帰りは施設によって対応が分かれますが、小分けサンプルを土産にくれる製麦所もあります。ホームブルワー向けに麦芽を小売販売している施設もあり、事前に確認すると良いです。

Q4. ノンアルビール専用の麦芽というのは存在しますか?

2024年時点で、明確に「ノンアル専用」として設計・販売されている麦芽は多くありません。ほとんどのメーカーはビール用麦芽を共通で使い、脱アルコール製法や香料の調整でノンアルの味を作っています。ただし、ノンアル向けに香気成分を強く残した特殊焙燥麦芽の開発は各社で進んでおり、今後5〜10年で「ノンアル向け麦芽」というカテゴリーが確立される可能性は高いと個人的には見ています。

Q5. 製麦所と麦茶工場は何が違うのですか?

両方とも大麦を熱処理する点は共通ですが、目的が全く違います。製麦所は「発芽させて酵素を活性化させた大麦(麦芽)」を作る場所で、酵素力が最重要。麦茶工場は「発芽させずに大麦を焙煎してお茶にする」場所で、酵素は関係なく風味だけを重視します。使う大麦の品種も違い、麦茶用は六条大麦、麦芽用は二条大麦が主流です。同じ大麦でも、加工の方向性で全く違う製品になるのが面白いところです。

Q6. モルトハウス見学と組み合わせると面白い場所はありますか?

大麦の生産地とセットで訪れると、原料から製品までの流れが一本の線で理解できます。栃木の製麦所なら関東の大麦畑と那須のブルワリー、北海道の製麦なら十勝の大麦畑とニッカ余市。海外だとバンベルクは大麦畑・製麦所・ブルワリー・パブが徒歩圏内に集中していて、1泊2日で完結できる理想的な視察地です。

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