先日、業務用の見積もりを取り寄せていたら、同じドイツ産ノンアルビールなのに、去年より1本あたり18円安くなっているのに気づきました。数量を増やしたわけでも、円高が急激に進んだわけでもない。輸入代理店の担当者に電話で聞いたら、「日EU EPAの段階的な関税撤廃が、ちょうど今年から効いてきてる時期なんですよ」と返ってきたんです。
ノンアル飲料の輸入価格に、貿易協定がここまで直接的に効いているのかと、正直そのとき初めて実感しました。関税率の話は書類上の数字として知ってはいたけれど、店頭の値札やレストランのメニュー価格まで届いているとは思っていなかった。
この記事では、FTA(自由貿易協定)とEPA(経済連携協定)がノンアル飲料の価格にどう影響しているのか、現場の輸入実務から店頭価格への波及まで、私が業界内で見聞きしてきた話を交えて解剖していきます。
FTAとEPAって何が違うのか、まず整理しておく
FTAは Free Trade Agreement の略で、関税や輸出入の制限を撤廃または削減することを目的とした協定です。対してEPAは Economic Partnership Agreement で、関税撤廃に加えて投資・人の移動・知的財産・政府調達など幅広い経済連携を含みます。
日本が結んでいる協定はほとんどがEPAで、FTAという名称のものは少ない。ただ、ノンアル飲料のように「モノの関税」に焦点を当てる場合、実務上は両者を大きく区別する必要はありません。関税がどう下がるか、いつ撤廃されるか、原産地証明をどう取るか、という点で共通の枠組みが動いています。
2025年時点で日本が発効させている主要な協定は、日EU EPA、日米貿易協定、CPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)、RCEP(地域的な包括的経済連携協定)、日豪EPA、日英EPAなど。ノンアル飲料の輸入元として関係が深いのは、ドイツ・ベルギーなどを含む日EU EPA、米国、豪州、東南アジア圏をカバーするRCEP・CPTPPあたりです。
ノンアル飲料はHSコードでどこに分類されるか
関税を語るには、まずHSコード(統計品目番号)の理解が必要。ノンアルビールは基本的にHS2202.91(アルコール分0.5%以下のビール)またはHS2202.99(その他の非アルコール飲料)に分類されます。ノンアルワインはHS2202.99、脱アルコール処理済みの製品は原産国や製法によってHS2202.91と2202.99を行き来する。
この分類がずれると、適用される協定税率も変わる。私の知り合いの通関士は「ノンアルは分類の境界に立つ製品が多くて、担当者泣かせ」と苦笑いしていました。特に0.5%以下でビールテイスト、みたいな製品はHS2202.91で読むのが基本ですが、原料構成によっては別分類を主張される場合もあります。
日EU EPAがドイツ産ノンアルビールに与えた衝撃
2019年2月に発効した日EU EPAは、ノンアル飲料業界にとって静かな革命でした。ワインの関税即時撤廃が話題になったので、そちらばかり注目されがちですが、ノンアルビール・ノンアルワインの関税も段階的に削減される仕組みになっています。
発効前のノンアルビール(HS2202.91)に対する日本のMFN税率は6.4%程度。日EU EPAでは、これが段階的に削減され、最終的にゼロになる設計です。ヴェリタスブロイやビットブルガー・ドライブ、クラウスターラーといったドイツ産の定番銘柄は、この協定の恩恵をダイレクトに受けています。
実際、カルディで買えるヴェリタスブロイの価格推移を追ってみると、2019年以降、じわじわと単価が下がっている時期がある。もちろん為替や物流コストの影響もあるので単純比較はできないけれど、少なくとも関税分の下げ余地は確実に存在します。ヴェリタスブロイのレビュー記事でも触れましたが、カルディがあの価格帯で提供できているのは、日EU EPAの追い風あってこそだと個人的には見ています。
段階削減のスケジュールをどう読むか
日EU EPAの関税削減は「年次で少しずつ下げる」方式が主流。たとえば発効から11年かけてゼロにする、といった設定になっています。これが厄介で、輸入業者は毎年適用税率を確認しないと、通関時に間違った税率で申告してしまうリスクがある。
財務省関税局や税関のウェブサイトで年次税率表が公開されているので、輸入代理店は毎年1月と4月のタイミングで税率を洗い直す。ここをサボると、余計な関税を払い続けることになり、結果として卸価格や小売価格に無駄なマージンが乗っかる。
主要協定ごとのノンアル関連関税の状況
ここで、代表的な貿易協定とノンアル飲料に関わる関税の状況を整理しておきます。数字は2025年前後の水準で、実際の適用時には最新の税率表を確認してください。
| 協定名 | 発効年 | 対象ノンアル製品の主な扱い | 実務上のポイント |
|---|---|---|---|
| 日EU EPA | 2019年 | ノンアルビール・ノンアルワインとも段階削減で最終ゼロ | 年次税率確認が必須、原産地は自己申告制 |
| 日米貿易協定 | 2020年 | ノンアル関連の削減幅は限定的 | ワインは削減対象、ノンアルビールは主要対象外 |
| CPTPP | 2018年 | 豪・NZ・カナダ産に段階削減適用 | 豪州産ブローリーなどが該当 |
| RCEP | 2022年 | 中韓・ASEAN産に段階削減 | 削減ペースは緩やか、10〜20年かけて撤廃 |
| 日豪EPA | 2015年 | 豪州産ワイン・飲料の関税削減が進行 | CPTPPと重複、有利な方を選択可能 |
| 日英EPA | 2021年 | 日EU EPAとほぼ同等の内容 | ブレグジット後の英国産をカバー |
興味深いのは、同じ製品でも「どの協定を使うか」を選べるケースがあること。たとえば豪州産のノンアルビールは、CPTPPと日豪EPAの両方の対象になっているので、輸入業者はその年に有利な方を選んで申告できます。この選択を怠ると、余計な関税を払うことになる。
国別の関税率についてはノンアル飲料の輸入関税|国別の税率比較で詳しく整理しているので、そちらも合わせて読むと立体的に理解できると思います。
原産地証明の実務が価格を左右する
協定税率を使うには、原産地証明書(Certificate of Origin)が必要です。これがないと、いくら関税削減の対象製品でもMFN税率が適用されてしまう。ノンアル飲料の場合、この書類の取り扱いが意外と煩雑で、輸入業者の実力差が出やすい領域です。
日EU EPAでは「認定輸出者制度」または「輸入者自己証明」の仕組みが使われていて、いわゆる公的機関発行の証明書は必須ではありません。ただし、輸出者側でREX(Registered Exporter)番号を取得しているか、原産地基準を満たしているかの確認は必要。これを怠ると、後日の税関事後調査で追徴課税を食らうことがある。
逆にCPTPPやRCEPは、自己申告と第三者証明の両方が使えるハイブリッド設計。実務上は、慣れている書式を使いたがるので、輸入代理店ごとに得意な協定と苦手な協定が分かれる傾向があります。
原産地基準の壁
ノンアル飲料の原産地基準で頭を悩ませるのが、原材料の調達地。たとえばドイツで製造されたノンアルビールでも、麦芽をカナダから、ホップをチェコから調達している場合、「実質的変更基準」を満たすかどうかで原産地判定が変わります。
日EU EPAの場合、ビール類は「他の類の材料から生産されたもの」という基準が課されていることが多く、麦芽やホップからビール製品への加工がEU域内で完結していれば、原則EU原産と認められます。ただ、細かい規定を読み込むのは相当骨が折れる。
この判定が甘いと、後で税関から「これ本当にEU原産ですか?」と問い合わせが来て、証拠書類の提出を求められる。輸出者側から情報を取り寄せるのに数週間かかることもあり、その間キャッシュフローが圧迫される。輸入業者にとっては地味に痛い問題です。
価格への波及は「じわじわ」タイプ
関税が下がれば、その分そのまま小売価格が下がる、という単純な話ではありません。ノンアル飲料の価格構造を分解すると、CIF価格(輸入コスト)、関税、消費税、輸入業者マージン、卸マージン、小売マージン、と積み上がっていきます。関税削減分は、この積み上げのごく一部にすぎない。
たとえばCIF価格100円のノンアルビールで、関税6.4%が撤廃されたとしても、下がるのは6.4円分。ここに消費税や各段階のマージンが乗ると、店頭価格への影響は10円前後になることが多い。卸価格と小売価格の差の記事で整理したマージン構造を踏まえると、関税削減効果が末端にどう届くかが見えてきます。
しかも、輸入業者が「関税が下がった分をそのまま値下げに回すか」は経営判断次第。競合が強ければ値下げで還元するし、独占状態なら利益として吸収する。日本のノンアル輸入市場は競争が激しいので、比較的還元されやすい傾向ですが、それでも数年遅れで反映される感覚です。
為替の影響と絡み合う
関税削減の効果は、為替変動に容易に埋もれます。1ユーロ130円が160円になれば、関税6.4%分の削減効果なんて一瞬で吹き飛ぶ。だから輸入業者は、関税削減を単独の追い風とは考えず、為替ヘッジと合わせて総合的にコスト管理する。
逆に円高局面と関税削減が重なると、店頭価格が一気に下がる年がある。2020年の一時期、日EU EPA発効2年目と円高が重なって、ドイツ産ノンアルビールが200円を切る価格で並んだことがありました。あれは典型的な複合効果でした。
CPTPPが開ける新しい市場
CPTPPは、豪州・ニュージーランド・カナダ・メキシコ・ペルー・チリ・シンガポール・ベトナムなど、多様な国をカバーする協定です。ノンアル飲料の観点では、豪州産のブローリーやNZ産のクラフトNAビールが恩恵を受けている印象。
豪州産のブローリー・プレミアムラガーが意外と低価格で入手できる背景には、日豪EPAとCPTPPの二重の関税削減効果があります。輸入業者はどちらの協定を使うか年次で判断していて、時期によっては数円単位で仕入れ価格が変わる。
また、CPTPPには英国が2024年に加入しました。これで日英EPAとCPTPPが両方使える状況が生まれていて、英国産クラフトNAビールの輸入が今後増える可能性があります。まだ数は少ないですが、面白い動きだと注目しています。
RCEPと東アジア・ASEAN圏の動向
2022年発効のRCEPは、中国・韓国・ASEAN10カ国・豪NZを含む世界最大級の協定です。ノンアル飲料に関しては、削減ペースが緩やかで、20年かけて段階的に撤廃していく設計が多い。
ただ、東アジアの飲料市場は今後10年で大きく動く。特に韓国産のノンアルビールや、台湾・中国の茶系ノンアル飲料が日本市場に流れ込んでくる素地が整いつつあります。以前まとめた韓国・中国のノンアル飲料事情で書いたアジア市場の成長予測が、RCEPの関税削減と連動して顕在化するはず。
実際、コリアンフードのブームに合わせて、韓国産ノンアルマッコリや米ベースのノンアル飲料が輸入され始めています。まだニッチ市場ですが、RCEP税率が下がりきる頃には、身近な選択肢になっているかもしれない。
FTA/EPAが使われない「もったいないケース」
協定税率を使えるのに、あえて使わないケースが実は結構ある。理由は主に3つ。
ひとつめ、原産地証明の取得コスト。少量輸入だと、証明書取得の手間や費用のほうが関税削減額を上回ることがある。特に個人輸入や小規模EC事業者では、MFN税率で通関してしまうケースが多い。
ふたつめ、書類不備リスク。協定税率で申告して、後で否認されると追徴課税+加算税で痛い目にあう。慎重な業者は、確実性を優先してMFN税率で申告することもある。
みっつめ、担当者の知識不足。中小の輸入業者だと、通関業務を外部の乙仲業者に任せきりで、協定活用の判断がなされないままMFNで通関されるケースがある。これは本当にもったいない。
並行輸入と協定税率の関係
並行輸入業者が協定税率を使うのは、実務上ややハードルが高い。原産地証明を輸出者側で取得してもらう必要があるので、正規ルートを経由しない並行輸入だと、書類を揃えにくいんです。
結果として、並行輸入品はMFN税率で通関されることが多く、正規輸入品と比べて関税負担が重い。それでも安く売れているケースがあるのは、中間マージンをカットしているから。この構造は並行輸入のノンアル記事で詳しく解説しました。
今後の協定と業界への影響予測
現在交渉中または検討中の協定として、日中韓FTA、日メルコスール、日湾岸諸国EPAなどがあります。ノンアル飲料の観点で注目すべきは、日中韓FTA。中国のノンアル市場は急成長中で、この協定が実現すれば、中国産の茶系飲料や米ベースのノンアル飲料が価格競争力を持って入ってくる可能性がある。
また、既存協定の見直しも進んでいます。日EU EPAは発効から5年経ち、電子商取引や環境章の追加交渉が始まっている。ノンアル飲料の関税自体はもうすぐゼロになるので、次のフェーズでは「非関税障壁」の議論が焦点になるでしょう。表示ルール、成分規制、認証手続きなど、関税ゼロでも輸入を難しくする要素は多い。
個人的に期待しているのは、ハラル・コーシャ・オーガニックといった認証の相互承認。これが進めば、日本のノンアルメーカーが海外市場に出やすくなるし、逆に海外の特殊認証製品も日本に入ってきやすくなる。純粋な関税撤廃の次のステージが、そろそろ見えてきています。
読者にとっての実利は何か
ここまで貿易協定の話を書いてきましたが、一般の消費者が直接何かする必要があるわけではありません。ただ、「輸入ノンアルが以前より買いやすくなった」「同じ銘柄なのに毎年ちょっとずつ安くなっている」と感じたら、その背景にはFTA・EPAの静かな効果が働いている、と知っておくと世界の見え方が少し変わる。
また、輸入元によって価格差が大きい場合、その理由の一部は協定活用の巧拙にあるかもしれない。同じヴェリタスブロイでも、店Aと店Bで50円違うことがある。仕入れロットや店舗マージンの違いが主因ですが、輸入業者が協定税率を使えているかどうかも、地味に効いている要素です。
業界関係者や飲食店経営者にとっては、輸入代理店を選ぶときに「協定活用の実績があるか」を確認するのが意外と効く。同じ製品でも仕入れ価格が数%変わるので、年間ボリュームが大きい店舗にとってはバカにならない差になります。
よくある質問
Q1. FTAとEPAはどう使い分けるべきですか?
実務上、ノンアル飲料の輸入で両者を意識的に使い分ける場面は少ないです。日本が結んでいる協定はほぼEPAで、モノの関税に関する規定は両者とも同じ枠組みで動いています。むしろ気にすべきは「どの協定を選ぶか」で、たとえば豪州産なら日豪EPAとCPTPPのどちらが有利か、をその年の税率で判断する形になります。
Q2. 個人でノンアル飲料を海外通販で買う場合も関税削減の対象になりますか?
理論的には対象になりますが、実務上は原産地証明書を個人で取得するのが難しく、多くの場合MFN税率が適用されます。ただし、購入額が1万6666円以下の場合は関税・消費税ともに免税になる制度があるので、少額輸入なら気にする必要はありません。EMS等で送られてくる場合、送料込みの課税価格で判定されるので注意してください。
Q3. 関税がゼロになれば、その分店頭価格は下がりますか?
下がる可能性はありますが、100%還元されるわけではありません。関税は価格構造のごく一部で、CIF価格・輸入業者マージン・卸マージン・小売マージンなどの積み上げの中で、削減分がどこかで吸収されることも多い。競争が激しい市場では消費者に還元されやすく、独占的な市場では吸収されやすい、という一般則があります。
Q4. 日本のノンアルメーカーが海外に輸出する場合も、FTA・EPAは有利に働きますか?
もちろんです。日本産ノンアル飲料を欧州に輸出する場合、日EU EPAで欧州側の関税が削減されます。ドライゼロやオールフリーのような大手メーカー品は、こうした協定を活用して海外展開を加速させている段階。ただ、輸出側でも原産地証明の実務が必要で、認定輸出者制度への登録などの手続きが求められます。
Q5. 貿易協定の内容や税率はどこで確認できますか?
財務省関税局、税関、経済産業省、JETROのウェブサイトで最新情報が公開されています。特に税関の「実行関税率表」は年次で更新されるので、輸入業務に関わる方は毎年チェックする習慣を。品目分類やHSコードの判定に迷う場合は、税関の事前教示制度を使うと、輸入前に公式見解を得られます。
Q6. 協定税率を使うと、必ずMFN税率より安くなりますか?
基本的にはそうですが、例外もあります。段階削減の途中では、協定税率がMFN税率より一時的に高くなるケースは考えにくいですが、原産地証明取得のコストを考えると、少量輸入では総コストで見てMFN税率のほうが安くつく、という逆転現象は起こり得ます。実務では「関税削減額 vs 手続きコスト」の損益分岐点を毎回計算します。


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