HACCPとノンアル飲料|食品安全管理の国際基準を現場から読み解く

ノンアル飲料工場でHACCP管理の検査をしている様子 ノンアル
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取材で訪れた某ノンアル飲料工場、入口で渡されたのは白い作業着とヘアネット、それから粘着ローラーだった。靴底を消毒槽に浸けて、エアシャワーで30秒。やっと製造ラインに入れる。「うちはHACCPの認証取ってから、もうこの動線が当たり前になりました」と工場長は笑っていたけれど、ここまで徹底するのには理由がある。

ノンアル飲料は、アルコールが入っていないぶん、お酒よりもむしろ食品安全のリスクが高い。アルコールという天然の防腐作用がない世界で、いかに安全な製品を消費者に届けるか。その答えがHACCP(ハサップ)という国際基準なんです。

2021年6月から日本でも原則義務化されたHACCP。でも実際にどんな仕組みで、ノンアル飲料にどう関わっているのか、消費者にはあまり伝わっていないと感じてます。この記事では、業界の中の人が見てきた現場のリアルを織り交ぜながら、HACCPの中身を整理していきます。

HACCPってそもそも何の略?宇宙飛行士の食事から始まった話

HACCPは Hazard Analysis and Critical Control Point の略。日本語にすると「危害要因分析・重要管理点」。発祥は1960年代のアメリカ、NASAの宇宙食開発がきっかけだった。

宇宙空間でお腹を壊したら命取りになる。だから完成品を抜き取り検査するだけじゃダメで、製造の全工程でリスクを潰し込む必要があった。その発想を食品全般に広げたのがHACCPの原点です。

面白いのは、HACCPが「製品をテストする」ではなく「プロセスを管理する」という思想で作られていること。完成したノンアルビール1万本のうち100本を抜き取って検査しても、残り9900本が安全とは限らない。だったら、原料受入から出荷まで全工程でリスクを監視する仕組みを作ろう、という発想です。

7原則12手順という基本フレーム

HACCPには「7原則12手順」という決まった進め方がある。チームを作って、製品の特徴を整理して、フローダイアグラムを描いて、危害要因を洗い出して、重要管理点(CCP)を決めて、管理基準を設定して、モニタリングして、是正措置を定めて、記録を残す。

文字にすると堅苦しいけど、要は「うちの工場でやばいポイントはどこ?どう監視する?問題が起きたらどうする?」を全部紙に落とす作業。中小メーカーだと、これを社内だけでやり切るのが本当に大変で、コンサルや行政の支援を受けながら数ヶ月かけて構築する事例も多い。

ノンアル飲料でHACCPが特に重要な理由

ビールやワインといったアルコール飲料は、エタノール自体が雑菌の繁殖を抑える。微生物にとってアルコールは毒だから、酒類は意外と「保存性が高い食品」なんです。一方ノンアル飲料はアルコール度数0.00%か、せいぜい0.5%未満。微生物にとってはむしろ快適な環境です。

麦芽の糖分、ホップ由来の栄養、適度なpH。条件が揃えば、乳酸菌や野生酵母、カビが繁殖するリスクが本物のビールより高い。だからこそ加熱殺菌、無菌充填、容器の洗浄度といったポイントを厳格に管理しないといけない。

ノンアル飲料の製造プロセスについては、以前まとめたノンアルコールビールの製造工程を可視化した記事で詳しく書きました。あの工程一つひとつにHACCPの管理ポイントが埋め込まれている、と思って読み返すと景色が変わると思う。

脱アルコール製法では二次汚染リスクが高い

とくに脱アルコール製法でノンアルを作る場合、一度醸造したビールから真空蒸留や逆浸透膜でアルコールだけを抜く。この工程で温度や圧力の管理がブレると、雑菌が入り込む隙ができる。膜のメンテナンスが不十分だと、設備自体が汚染源になりかねない。

調合製法ならアルコールを作らない分シンプルだけど、原料の麦芽エキスや果汁を混ぜる工程で衛生管理が甘いと、すぐに微生物が増える。どっちの製法でもHACCPの考え方なしには安全な製品は作れない、というのが業界の共通認識です。

HACCP・ISO22000・FSSC22000の違いを整理する

食品安全の規格を調べていると、HACCP以外にもISO22000やFSSC22000という名前が出てくる。「結局どれを取ればいいの?」という質問を取材先でもよく聞きました。それぞれの位置づけを整理します。

規格名性格カバー範囲取得の重さ
HACCP食品安全の基本手法製造プロセスの危害管理義務(日本では2021年から)
ISO22000マネジメントシステム規格HACCP+経営管理任意の国際認証
FSSC22000GFSI承認規格ISO22000+ISO/TS22002-1グローバル取引で事実上必須

HACCPは「やり方」、ISO22000は「経営の仕組みとして回す枠組み」、FSSC22000は「グローバル流通で通用する第三者認証」と理解しておくと整理しやすい。マネジメントシステム全般の話はISO規格とノンアル飲料の品質マネジメント記事で深掘りしているので、合わせて読むと立体的に見えてくると思います。

大手はFSSC22000、中小はHACCP止まりが現実

取材した範囲だと、アサヒ・キリン・サントリー・サッポロといった大手はほぼ全工場でFSSC22000を取得している。海外への輸出があるし、流通バイヤーから求められるので必然的に取らざるを得ない。一方、中小のクラフトNAブルワリーは法定HACCPまでで止まっているケースが大半です。

認証取得には数百万円から1000万円超の費用と1〜2年の準備期間が必要。小さい工場には正直しんどい。ただ、近年は海外輸出を視野に入れたクラフトメーカーがFSSC22000に挑戦する動きも出ています。

HACCPで実際に管理される「CCP」の例

HACCPで肝になるのが重要管理点、いわゆるCCP(Critical Control Point)。ここを外したら即アウト、という工程に絞って数値管理する場所。ノンアル飲料工場では、だいたい以下のような場所がCCPに指定されている。

  • 原料受入時の温度確認と異物検査
  • 仕込み工程の加熱殺菌温度と時間(例:85℃以上で30分)
  • 脱アルコール工程の温度・圧力管理
  • 充填直前の最終ろ過と無菌チェック
  • 容器の洗浄水温度と残留塩素濃度
  • 金属探知機・X線検査による異物混入防止
  • 出荷前の官能検査と理化学検査

これらのCCPには「管理基準値」が設定されていて、たとえば加熱殺菌なら「85℃以上で30分」という具体的な数字。基準値を外れたら即ラインを止めて、該当ロット全数を隔離し、原因究明と再加熱や廃棄の判断をする。ここの記録は最低でも3年、長いところは10年保管する。

記録の改ざんは一発で認証取消し

過去に他業界で記録改ざんが発覚してニュースになった事例があったけど、HACCPの世界でも記録の信頼性は最重要。第三者監査で改ざんが見つかれば、認証は即取消し。バイヤーは契約打ち切り、企業の信用も地に落ちる。だからこそ、最近は紙の記録からデジタル化、改ざん不可のシステムへの移行が急ピッチで進んでます。

HACCP義務化で何が変わったのか

2018年に食品衛生法が改正され、2021年6月から食品事業者は原則すべてHACCPに沿った衛生管理が義務化された。これは飲食店も含めた話で、町の居酒屋やカフェも対象。ただ、規模に応じて二段階に分かれている。

  • HACCPに基づく衛生管理:大規模事業者、と畜場、食鳥処理場など
  • HACCPの考え方を取り入れた衛生管理:従業員50人未満の小規模事業者など

ノンアル飲料メーカーは規模が大きいので前者が多い。中小クラフトメーカーは後者の簡易版で対応している場合もある。簡易版でも、業界団体が作成した手引書に沿って衛生管理計画を作り、毎日記録をつけて、定期的に見直す必要があります。

違反すると食品衛生法で営業停止

HACCP義務化は努力義務ではなく法的義務。違反すると食品衛生法に基づき、改善命令、営業停止、最悪は許可取消しもありえる。「うち小さいから関係ない」では済まないのが今の制度です。実際、保健所の立入検査ではHACCP対応状況のヒアリングが標準項目になっている。

海外輸出を狙うならHACCPは入口に過ぎない

国内向けならHACCPで足りる。でも海外、とくにEUや米国へノンアル飲料を輸出するとなると話は別。FSSC22000やSQF、BRCといったGFSI承認スキームの取得が事実上必須になる。

海外の規制動向については世界の規制動向まとめでも触れているけど、ノンアルの定義自体が国によって違うので、ラベル表示も含めて現地法令の壁が高い。輸出を視野に入れた段階で、認証コンサルと現地代理店の両方を巻き込まないと話が進まない。

中東向けならハラル認証も追加で必要になる。ハラル認証とノンアル飲料の記事で詳しく書いたとおり、HACCP+ハラルのダブル認証を持っているメーカーは限られているのが現状です。

日本のHACCPとEUのHACCPは微妙に違う

HACCPは国際基準といっても、運用の細部は国ごとに差がある。EUは2006年から全食品事業者に義務化済みで、運用の歴史が長い分、要求水準も高い。アレルゲン管理や食品偽装防止(フードディフェンス)の項目が日本より厳しいケースがあります。

米国はFSMA(食品安全強化法)という独自の枠組みがあって、HACCPに加えて「予防管理(HARPC)」という追加要件がある。輸出先の制度を一個ずつ調べていくと、頭が痛くなる。だからこそグローバルに通用するFSSC22000のような認証が重宝される、というわけです。

消費者から見たHACCPの「見えにくさ」

正直なところ、消費者がノンアル飲料を選ぶ場面でHACCPを意識することはほぼない。パッケージにHACCPマークが大々的に印刷されているわけでもないし、認証取得の有無で価格が劇的に変わるわけでもない。

でも、これは「重要じゃない」ということじゃなくて、「当たり前すぎてアピールにならない」というのが実態。電気を使うのに発電所の認証を気にしないのと似ている。インフラ化した安全管理は、見えなくなった時点で勝利、という側面もあるんです。

ただ、消費者として知っておくと役立つポイントもある。賞味期限の長さは安全管理の精度に比例する傾向があるし、リコールの履歴を調べれば、その会社の品質体制がうっすら見えてくる。安全管理の話はノンアル飲料の保存方法といった、消費者側の取り扱いとも繋がっています。

小さなブランドを選ぶときに確認したいこと

大手メーカーならHACCP対応は確実だけど、海外のマイナーなクラフトNAブランドを試すときは、製造国の食品安全制度を一度調べてみるといい。EU圏、北米、オーストラリアあたりは基本的に問題なし。一方、規制が緩い国からの並行輸入品は、開封したら異臭がした、というケースもゼロではない。

怪しいと感じたら、迷わず処分する。これは食品全般のリスク管理の基本です。安いから、珍しいから、で安全を妥協する価値はないと思ってます。

これからのHACCPはデジタル化と人材育成が鍵

業界の中で今ホットなテーマは2つ。記録のデジタル化と、HACCP人材の育成。紙の記録はもう限界で、IoTセンサーで温度を自動取得、クラウドに即時アップロード、AIで異常検知、という流れが大手から始まっています。

もう一つの課題は人。HACCPの考え方を現場まで浸透させるには、専門知識を持つコーディネーターが要る。日本HACCPトレーニングセンターや日本食品衛生協会の認定講習を受けた人材が引っ張りだこで、転職市場でも値段がついている状態。中小メーカーは育てるのも採るのも一苦労、というのが現実です。

ノンアル飲料市場が伸びれば伸びるほど、参入してくる新規プレイヤーも増える。そのとき、HACCPをきちんと回せるかどうかで、生き残るブランドと消えるブランドが分かれていく気がしてます。表に出てこない地味な管理だけど、業界の土台はここで決まる。

よくある質問

Q1. HACCP認証を取得しているノンアル飲料は、取得していない製品より安全ですか?

日本国内で流通しているノンアル飲料は、2021年からHACCP対応が法的義務になっているので、基本的にどの製品もHACCPの考え方に沿って製造されてます。「認証取得」と「HACCP対応」は別物で、認証は第三者がチェックして証明書を出してくれる仕組み。認証の有無で安全レベルに差はあるけど、認証なしでも法令上の基準は満たしている、と理解しておくのが正解です。

Q2. ノンアル飲料のラベルにHACCPマークが書かれていないのはなぜ?

HACCPは原則として義務であって任意の認証ではないので、マークを表示する文化があまり育っていない。ISO22000やFSSC22000のような第三者認証は表示することがあるけど、消費者への訴求力が弱いため、パッケージではなく企業サイトのIRや工場ページで紹介されることが多いです。マークがないからといって安全管理がされていない、とはなりません。

Q3. 個人でクラフトノンアルを作る場合もHACCPは必要ですか?

営利目的で製造販売するなら、規模に関わらず食品衛生法に基づきHACCPの考え方を取り入れた衛生管理が必要。自家消費だけなら法的義務はないけど、安全面で参考になる考え方なので、自宅醸造でも温度管理や器具の洗浄記録をつける習慣はおすすめです。販売を視野に入れるなら、まず保健所に相談しに行くのが第一歩になります。

Q4. HACCP認証の取得にはどれくらい費用がかかりますか?

第三者認証を取る場合、コンサル費用込みで初年度300〜1000万円、それ以降は維持費として年間100〜300万円程度が相場。FSSC22000やISO22000まで取ると、さらに上乗せされます。中小メーカーには重い負担なので、国や自治体の補助金、業界団体の支援制度を活用するケースが多い。法定HACCP(衛生管理計画の作成のみ)なら、社内対応で済ませることも可能です。

Q5. HACCPがあれば食中毒は起きないんですか?

残念ながら100%ではないです。HACCPは「想定できるリスクを最大限管理する」仕組みであって、未知のリスクや人的ミスを完全に排除はできない。だからこそ、運用後も継続的な見直し(再評価)と従業員教育が必須です。HACCPは万能薬じゃなく、安全管理の最低ラインを引き上げる土台、と捉えるのが現実的だと感じてます。

Q6. 海外のクラフトNAビールを買うときの注意点は?

EU・北米・豪州産なら食品安全制度が日本と同等以上なので、輸入正規ルートを通っていれば基本的に安心。並行輸入品や個人輸入の場合は、保管温度の管理が崩れて品質劣化していることがあるので、信頼できる輸入元かどうかを確認するのが大事です。開封して異臭・異物・濁りがあれば、迷わず処分してください。

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